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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)162号 判決

大阪府八尾市若林町2丁目99番地

原告

株式会社ヤマガタグラビヤ

代表者代表取締役

山形一紀

訴訟代理人弁理士

内山充

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

斉藤信人

園田敏雄

幸長保次郎

伊藤三男

主文

特許庁が、平成5年審判第22115号事件について、平成7年4月5日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年1月3日、名称を「送り状用封筒」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をした(実願昭63-16号)が、平成5年10月26日に拒絶査定を受けたので、同年11月25日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第22115号事件として審理したうえ、平成7年4月5日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月10日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

2枚のシートを重合してなる袋体部の開口縁から延設された舌片部に接着剤層を設け、該舌片部の接着剤層と開口縁の中間であって、開口縁から離れた位置に2列のミシン目を設けたことを特徴とする送り状用封筒。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願出願前に頒布された刊行物である実開昭61-194631号のマイクロフィルム(以下「引用例」といい、その実用新案登録請求の範囲に記載されている考案を「引用例考案」という。)を引用し、本願考案は、引用例記載の従来技術と引用例に記載された技術事項に基づいて、周知技術を参酌することにより、当業者がきわめて容易に考案することができたものであり、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨(審決書2頁8~12行)及び引用例の記載事項の一部(同3頁4行~4頁4行)の認定、本願考案と引用例図面第6図記載の従来技術(以下「従来技術」という。)との相違点(イ)の認定、相違点(ロ)についての判断の一部(同6頁11行~7頁15行)は認めるが、その余は争う。

審決は、本願考案と従来技術との相違点を看過し、相違点の判断を誤った結果、容易推考性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  本願考案は、取り外しに便利な構造を有するダンボール箱用送り状用封筒を提供することを目的とするものである。

ダンボール箱に商品を詰めたものを運送する場合、送り状用封筒の一端をダンボール側面に貼付し、袋体部はダンボールの蓋の間に差し込んで送っている。この場合、送り状用封筒はダンボール蓋に挟まれているので、到着後これを取り出すためには、その袋体部をダンボール蓋の間から引っ張り出すのであるが、これには手間がかかる。そこで、従来技術のように、送り状用封筒の先端の貼付部分に沿って1本のミシン目を設けて、袋体部分を切り離すようにすることが考えられているが、この場合も、ダンボールに貼付されたままでミシン目を切るのは困難であるという問題があった。

本願考案は、従来技術のこの問題点を解決するために、ダンボール蓋に挟んで到着した送り状用封筒をダンボール箱に付けたままで、袋体部を該袋体部の先端の接着固定部から切り離すことができると、袋体側の当該切り離し末端部分を持って袋体部をダンボール蓋の間から簡単に引き出すことができる点に着目し、これを行うために袋体部の上の舌片部にミシン目を2本設け、その2本のミシン目の間のテープシートを引き剥がして袋体部を切り離すことができるようにし、本願考案の要旨に示す構成としたものである。

本願考案は、この特徴ある構成によって、2列のミシン目の間の脱離テープ部分を除去した後に、ダンボール箱の稜端に残った切り離し端部を、引出し片として使用することにより封筒を容易に引き出すことができるという作用効果を有する。

2  引用例考案も、その図面第5、第6図に記載された従来技術(本願明細書記載の従来技術と同様のもの)の有する問題点を解決し、送り状用封筒をダンボール箱から取り出し易くするという目的用途は本願考案と共通しているが、貼着部分をダンボール面に残してミシン目で折り返し部分を切り離した後、切り離し端部とは別に封筒から延設された舌片部を引出し片として使用することにより、封筒を引き出すことを考案の特徴とするものであるから、従来技術の有する問題点の解決方法が本願考案とは全く相違しており、しかも、本願考案とは構成も作用効果も異なるものである。

また、本願考案と従来技術とは、審決が相違点(イ)として認定するとおり、従来技術が貼着部を接着部分から切り離すための一つのミシン目を上記接着部分に隣接して設けたのに対して、本願考案はさらにもう一つのミシン目を付加して2列のミシン目とした点で相違する。

引用例には、従来技術と同様の一本のミシン目9のほか、貼着部の封筒開口縁の位置にさらにもう一本のミシン目8を設けることが記載されているが、図面第2図、第3図のいずれを見ても、ミシン目8は、開口縁と重なっており、引用例考案のミシン目8と本願考案のの開口縁から離れた位置に設けられるミシン目A2とは、その設ける位置が異なり、これにより作用効果も異なるものである。すなわち、引用例考案のミシン目8には、本願考案の開口縁から離れたミシン目のような、引出し片を形成する作用がないのであって、引出し片としての主眼である舌片部10を折り返し部分6が邪魔しないように、これをそっくり封筒開口縁から除去するためにミシン目8を設けているにすぎない。このことは、引用例に、ミシン目8が必ずしも必須の構成でないと明記されている(甲第9号証明細書7頁10~13行)ことからもいうことができる。

3  審決は、本願考案のように、開口縁から離れた位置にミシン目を設けることは、引用例考案の開口縁に設けたミシン目8に基づき当業者が極めて容易に想到できるとし、また、引用例考案の2列のミシン目を所望の幅に設定することが設計上当然できるかのような解釈をしている。

しかし、引用例考案の2列のミシン目の幅とは、一方が開口縁に重なり、他方が接着部分に接して隣接する位置のものであり、引用例には、2列のミシン目としては、折り返し部分6の幅以外のものは開示されていない。

仮に、審決がいうように、ミシン目を2列にすると綺麗に引き裂くことができるとしても、引用例には、開口縁から離れたミシン目の記載がないばかりか、折り返し部分を引き出し片にする発想はない。

また、2列のミシン目によって、両ミシン目間の除去されるべき部分の側端を指で摘んで引き裂くには、両ミシン目間に所要の間隔が必要であることは自明であり、さらに、貼着部をダンボール箱の外側面に添わせるために、その封筒の開口縁にそって貼着部を直角に折り曲げる際に、この折れ線に沿って設けることが周知の事項であるとしても、これらのことから、本願考案の、2列のミシン目を、舌片部の接着剤層と開口縁の中間であって、「開口縁から離れた位置に設けた」構成を採用することがきわめて容易であるとは到底いえない。

4  したがって、審決は、本願考案と従来技術との相違点を看過し、相違点の判断を誤った結果、容易推考性の判断を誤ったものであることは明らかである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  審決は、引用例に記載された従来技術と本願考案とを比較し、この比較に基づいて、相違点として(イ)及び(ロ)を認定したものである。

この前提となる従来技術においては、引用例(甲第9号証)第5図に示されているように、一つのミシン目16は、貼着部13の接着部分15に隣接して既に設けられている。

そして、審決は、「開口縁から離れた位置」について、「考案の詳細な説明の記載を参酌すると、2列のミシン目を接着剤層(注、以下、原文「接着層」は「接着剤層」の誤記である。)に近付け、このミシン目に沿って「舌片部」の接着剤層を切り離したとき、舌片部の一部を封筒に残存させて、これをダンボール箱の外側方に突出させることができるという作用を奏するものと解されるから、このことは、一つのミシン目を接着剤層の縁とほぼ一致させるとき、二つのミシン目間の間隔を、舌片部の接着部分を除くその余の部分の幅よりも狭くしたことを意味するものと解される。」(同2頁13行~3頁3行)と述べているのであるから、相違点(ロ)として認定した2列のミシン目間の間隔を、貼着部の折り返し部分の幅よりも狭くしたものは、原告が相違点として指摘する「開口縁から離れた位置に設けた」ものに相当するものである。

したがって、審決でいう相違点(ロ)、すなわち、「一つのミシン目を接着剤層の縁とほぼ一致させるとき、2列のミシン目間の間隔を、貼着部の折り返し部分の幅よりも狭くした」ことは、原告がいう「開口縁から離れた位置」に設けたことを意味するにほかならない。

また、引用例には、「袋部2と貼着部5の間には切離し易いようにミシン目8が、折返し部分6と貼着部分7の間にも同様なミシン目9が入れられている。」(甲第9号証明細書6頁3~6行)と記載されており、これは、2列のミシン目を設けたことによって切り離し、言い換えれば引き裂きを容易にしているのであるから、引き裂きの結果として2列のミシン目の幅で綺麗に除去できることは当然のことである。

さらに、引用例には、従来技術における貼着部の折返し部分は、切離しによって、必ずしも袋部の抜き出しに十分な長さだけ封筒に残存するとは限らないので、袋部から貼着部の折返し部分が切り離されても袋部をカートン等から抜き取れるように舌片部を設けたことが記載されているものと解されることから、この舌片部10は、従来技術における切離し後も封筒に残存する折返し部分14に代わるものということができる。

見方を変えれば、舌片部10を設けない場合には、従来技術における折返し部分14が袋部の抜き出しに十分な長さだけ封筒に確実に残存することにほかならないことは、従来技術が有する問題点から明らかである。

2  以上のとおり、審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。書証の成立及び検甲第1、第2号証が本願考案を事業化した製品であることは、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  当事者間に争いがない本願考案の要旨によれば、本願考案は、「2枚のシートを重合してなる袋体部の開口縁から延設された舌片部に接着剤層を設け」た送り状用封筒において、「該舌片部の接着剤層と開口縁の中間であって、開口縁から離れた位置に2列のミシン目を設けたことを特徴とする」ものであることが明らかである。

本願明細書及び図面(甲第2、第3号証)によると、本願考案は、この構成により、送り状等の書類を収納した封筒の袋体部をダンボール箱の蓋の間に挟んで入れ、その舌片部を接着剤層によりダンボール箱の側面上縁近くに貼付した場合、送付先にダンボール箱が到着した際、2列のミシン目の間に形成されたテープシートを引き剥がすことにより、送り状をダンボール箱に付けたままで、袋体部を先端の接着固定部から切り離すことができ、この切り離しにより、舌片部のうち袋体部から延設された開口縁に近い部分を確実に残存させ、この残存部分を袋体部を引き出すためのいわば引出し片とし、このダンボール箱の蓋から出ている引出し片をつまんで引き出すことにより、ダンボール箱の蓋の間に挟まっている袋体部を簡単に取り出せるという作用効果を奏するものであることが認められる。すなわち、本願考案は、2列のミシン目を開口縁から離れた位置に設けるという構成により、貼着部分と袋体部を容易に切り離すだけでなく、切り離しにより、舌片部のうち袋体部から延設された開口縁に近い部分を確実に残存させ引出し片とするようにしたものであると認められる。

2  引用例に、従来技術として、審決認定のとおり、「送り状用封筒について、その貼着部13(本件考案で言う「舌片部」に相当)の先端に接着部分15を設け、さらに当該接着部15の縁に切り離し用の一つのミシン目16を設けること」(審決書3頁6~10頁)が記載されており、この従来技術が、「本件明細書に従来技術として記載されているものに相当する」(同4頁1~2行)ことは、当事者間に争いがない。

そして、引用例(甲第9号証)は、上記従来技術の有する問題点を、「貼着部13をミシン目16で折返し部分14と貼着部分15に切離す際、第6図(b)のように切離せればよいが、第6図(c)のように折返し部分14が破れることがある。このような場合は折返し部分14が小さくなり、折返し部分14を摘まんで袋部12を抜取ることは難しくなるという問題点がある。」(同号証明細書4頁9~15行)と指摘し、この問題点を解決するために、「貼着部が袋部から切離されても袋部をカートン等から抜取れるようにした封筒を提供する」(同4頁17~19行)ことを目的として、その実用新案登録請求の範囲に記載された「袋部と、この袋部に設けられた折返し部分と貼着部分からなる貼着部で構成され、カートン等に挟んで使用する封筒において、前記折返し部分と対峙させて前記袋部に舌片部を設けたことを特徴とする封筒」(同1頁実用新案登録請求の範囲)との構成を採用したものであることが認められる。

すなわち、引用例考案における袋部を抜き取り出し易くするための舌片部は、本願考案における袋体部を抜き取り出し易くするための舌片部(引用例考案における貼着部)の残存部分とは異なり、貼着部とは別個に「折返し部分と対峙させて前記袋部に」設けるものであって、本願考案のように、舌片部の残存部分を確実に引出し片とするための構成は考えられておらず、本願考案とは、上記従来技術の問題点の解決方法が全く異なるものであることが認められる。

引用例には、審決も認定するとおり、引用例考案の実施例として、その接着部分5の縁に設けられた「ミシン目にそった引き裂き操作を容易にし、かつ貼着部が所定の幅で綺麗に引き裂けるように、ミシン目をさらに付加して平行な二つのミシン目(第2図におけるミシン目8、9参照)を設ける事が記載されている」(審決書4頁5~9行)が、この第2のミシン目8は、引用例(甲第9号証)の図面第2図、第3図のいずれを見ても、開口縁と重なって設けられているのであり、このことと、「袋部2と貼着部5の間には切離し易いようにミシン目8が、折返し部分6と貼着部分7の間にも同様なミシン目9が入れられている」(同号証明細書6頁3~6行)との記載によれば、引用例考案における2列のミシン目は、開口縁と重なって設けられているミシン目8と、折返し部分6と貼着部分7の間に設けられているミシン目9とからなり、これを引き裂くことにより、貼着部(本願考案の舌片部)の折返し部分を封筒の開口縁から貼着部分への方向に全部もしくは所定の幅で除去し、これによって、折返し部分と対峙させて前記袋部に設けられた舌片部の働きの邪魔をさせないようにする目的のために設けられたものであることが明らかである。したがって、引用例に開示されている2列のミシン目は、本願考案における2列のミシン目が、舌片部(引用例考案における貼着部)のうち袋体部から延設された開口縁に近い部分を確実に残存させ引出し片として形成するために、「開口縁から離れた位置に」設けられるのと、その構成及び作用効果が全く相違するものといわなくてはならない。

その他引用例には、本願考案の上記構成及び作用効果を示唆する記載は見当たらない。

3  審決は、本願考案と従来技術との相違点(ロ)として、「上記2列のミシン目間の間隔を、貼着部の折り返し部分(上記貼着部の接着剤層を除くその余の部分)の幅より狭くした点」(審決書5頁7~9行)と認定し、これにつき、「付加されたもう一つのミシン目の位置はその折り返し部内にあれば足り、必ずしも封筒の開口縁に対抗する位置でなければならない理由はない。また、引き裂きのための2列のミシン目を設けるについて、貼着部の一部(折り返し部14の全部またはその一部)が封筒に残存するようにその位置について配慮することが望ましい事は従来技術から明らかな事である。したがって、従来技術について、さらにもう一つのミシン目を付加して2列のミシン目とするについて、・・・両ミシン目間の間隔を引き裂き除去に必要な限度に止めて、その間隔を折り返し部分14の幅よりも狭くすること、すなわち上記相違点(ロ)は当業者が格別の創意・工夫を要することなく、必要に応じて適宜採用できた範囲内のことである」(審決書7頁19行~8頁15行)と判断している。

しかし、前記のとおり、引用例考案は、従来技術の問題点を解決するために、貼着部の一部(折返し部分の全部又は一部)とは別個に、引き出し片としての舌片部を「折返し部分と対峙させて前記袋部に」設けるものであって、本願考案における舌片部(引用例考案における貼着部)のうち袋体部から延設された開口縁に近い部分を確実に残存させ引出し片として形成するための構成を示唆するものではなく、引用例における従来技術についての記載も、「引き裂きのための2列のミシン目を設けるについて、貼着部の一部(折り返し部14の全部またはその一部)が封筒に残存するようにその位置について配慮することが望ましい事」を明らかにしているものとは認められない。

したがって、引用例の記載から、直ちに、本願考案のように、2列目のミシン目を付加し、かつ、開口縁から離れた位置に2列のミシン目を設ける構成に格別の創意・工夫を要することなく想到できるとする審決の論理は、具体的な根拠を欠くものであり、論理の飛躍があるというべきである。

また、審決は、「引用例には封筒の裏側に摘み用の舌片部10を突設し、折り返し部を除去した時、これがダンボール箱の外側面から突出するようにすることが記載されているが、これは、貼着部の接着剤層を除く残余の部分、すなわち折り返し部分14の幅を必要な限度に止め、貼着部の幅を可及的に小さくするときに生じる問題の解決、すなわち封筒の袋を引き出すための手掛かりがなくなるという問題を解決するための工夫であり・・・上記の工夫を講じないとすれば、貼着部の一部が封筒に残存する外はなく、そのためには、その折り返し部分14の幅を大きくするなど、折り返し部分における2列のミシン目の配置について配慮する必要があることは当業者が引用例の記載の全趣旨から十分に推量できる事であると言う事もできる。」(同8頁17行~9頁16行)とも述べている。

しかし、審決のこの理由は、従来技術の問題点を解決するためになされた引用例考案の特徴とする工夫を講じないものとの仮定を置いて、引用例に記載も示唆もされていない「折り返し部分における2列のミシン目の配置について配慮する必要がある」ことをいうものであって、本願考案の構成を見た上での理由付けにすぎないものといわざるをえず、引用例の記載から本願考案の構成がきわめて容易に推考できることの根拠とはなしえないものというべきである。

また、審決がいうように、「一般的に、2列のミシン目によって引き裂き除去される幅を規定するについて、両ミシン目間の間隔が広すぎると引き裂きに支障を生じるから、両ミシン目間の間隔には自ずと最適な間隔が選択されるべきことは設計上当然のこと」(同9頁17行~10頁1行)であり、そのこと自体は周知であるとしても、また、審決の例示する実開昭59-78237号マイクロフィルム(甲第11号証)を検討しても、この周知技術を、本願考案のように、2列のミシン目を引き裂いた後の残存部分を引出し片として使用するという技術思想に結びつける動機づけは、審決において何ら明らかにされていない。

したがって、審決の、「上記相違点(ロ)は引用例に記載された技術的事項を基にして、上記周知事項を参酌することにより、具体的設計において当業者が極めて容易に採用する事ができたところである」との判断は、十分な論拠なしになされた判断といわなくてはならない。

その他審決の述べるところをすべて検討しても、審決の理由は、これを納得させる論拠が不十分なものであり、再考を要するものといわなければならず、この点において、原告主張の審決取消事由は理由がある。

4  よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成5年審判第22115号

審決

大阪府八尾市若林町2丁目99番地

請求人 株式会社 山形グラビヤ

東京都千代田区神田須田町1丁目4番1号 TSI須田町ビル8階 内山特許事務所

代理人弁理士 内山充

昭和63年実用新案登録願第16号「送り状用封筒」拒絶査定に対する審判事件(平成1年7月20日出願公開、実開平1-107545)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本審判請求に係る出願は昭和63年1月3日の実用新案登録出願であって、その考案(以下「本件考案」という)の要旨は、平成5年7月9日付けで補正した明細書および図面の記載から見て、その実用新案登録請求の範囲の欄の第1項に記載した次のとおりと認められる。

「2枚のシートを重合してなる袋体部の開口縁から延設された舌片部に接着剤層を設け、該舌片部の接着剤層と開口縁の中間であって、開口縁から離れた位置に2列のミシン目を設けたことを特徴とする送り状用封筒。」

なお、上記の「開口縁から離れた位置」は、考案の詳細な説明の記載を参酌すると、2列のミシン目を接着剤層に近付け、このミシン目に沿って「舌片部」の接着層を切り離したとき、舌片部の一部を封筒に残存させて、これをダンボール箱の外側方に突出させることができるという作用を奏するものと解されるから、このことは、一つのミシン目を接着層の縁とほぼ一致させるとき、二つのミシン目間の間隔を、舌片部の接着部分を除くその余の部分の幅よりも狭くしたことを意味するものと解される。

他方、原査定の理由において引用した実開昭61-194631号マイクロフィルム(以下これを「引用例」という)には、送り状用封筒について、その貼着部13(本件考案で言う「舌片部」に相当)の先端に接着部分15を設け、さらに当該接着部15の縁に切り離し用の一つのミシン目16を設けることが記載されている(第6図(a)(b)(c)参照)。このものは、ダンボール箱のフラップの下に封筒11の袋部12を挟み、上記接着部分15をダンボール箱の側面に接着させて当該封筒を固定しておいて、貼着部13を上記ミシン目16にそって引き裂いて、その接着部分を折り返し部分14から切り離すことによって、折り返し部分14をダンボール箱のフラップから外側に突出させた状態で残存させる事ができ、これによって封筒11の袋部12をダンボール箱から容易に引き抜く事ができるものである。そして、このものは本件明細書に従来技術として記載されているものに相当するものと解される(以下、これを「従来技術」と言う)。

さらに、引用例には上記のミシン目にそった引き裂き操作を容易にし、かつ貼着部が所定の幅で綺麗に引き裂けるように、ミシン目をさらに付加して平行な二つのミシン目(第2図におけるミシン目8、9参照)を設ける事が記載されている

なお、引用例には上記封筒の素材を特に特定する記載はないが、この種の封筒としては一般的にプラスチック製のものが多用されていることは従来周知のことであるから、このものについても、実際にはその素材としてプラスチックを選択し得る事は当業者が常識的に了解できるところである。

そこで、上記従来技術と本件考案とを比較すると、本件考案は次の点において相違し、その余の点において一致しているものと認められる。

(イ)引用例のものは貼着部を接着部分から切り離すための一つのミシン目を上記接着部分に隣接して設けたのに対して、本件考案はさらにもう一つのミシン目を付加して2列のミシン目とした点、

(ロ)上記2列のミシン目間の間隔を、貼着部の折り返し部分(上記貼着部の接着層を除くその余の部分)の幅よりも狭くした点、

次いて、上記相違点について考察する。

〔相違点(イ)について〕

上記相違点は封筒の貼着部の接着部分を切り離すについて、ミシン目にそった引き裂き操作を容易にし、かつ貼着部が所定の幅で綺麗に引き裂かれるという機能を奏するものと解される。

ところで、引用例には、貼着部の封筒開口縁の位置にさらにもう一本のミシン目を設けることによって、上記の引き裂き操作を容易にし、かつ貼着部の所定の幅で綺麗に除去できるとことが記載されている。

したがって、従来技術について、ミシン目9に沿って接着部分を容易に分離できかつ所定の幅で綺麗に切り裂けられるように、もう一つのミシン目を付加して2列のミシン目にすることそれ自体、すなわち相違点(イ)は上記引用例に記載されたことに基づいて当業者が極めて容易に採用できたところであるということができる。

〔相違点(ロ)について〕

引用例に記載された封筒11における貼着部13は通常の封筒におけるいわゆる蓋用のフラップとして機能するものではなく、ダンボール箱の側面にそって固定する貼着用舌片として機能し、その先端の接着層を封筒から切り離すための引き裂き用舌片として機能するものであるから、上記両機能を奏し得る範囲内で貼着部(さらには折り返し部14)の幅を可及的に狭くすると言う要請があることは常識的に推量できることである。

また、2列のミシン目によって、両ミシン面間の除去されるべき部分の側端を指で摘んで引き裂くには、両ミシン目間に所用の幅が必要である事も自明のことである。

さらに、貼着部をダンボール箱の外側面に添わせるために、その封筒の開口縁にそって貼着部を直角に折り曲げなければならないが、ミシン目をこの折り線に沿って設けたことによって上記の折り操作を容易にし、折り目を綺麗にできることは従来周知である(必要なら一例として、封筒に関するものではないが、実開昭55-70278号マイクロフィルム参照)。そして、このことは、引用例に記載されたもの(第4図参照)についても妥当することは常識的に推測できることである。

引用例に記載されたものにおいて、付加されたもう一つのミシン目を封筒の開封縁の位置に設けたのは上記の事項を勘案してのことと推測されるから、付加されたもう一つのミシン目の位置はその折り返し部内にあれば足り、必ずしも封筒の開口縁に対向する位置でなければならない理由はない。

また、引き裂きのための2列のミシン目を設けるについて、貼着部の一部(折り返し部14の全部またはその一部)が封筒に残存するようにその位置について配慮することが望ましい事は従来技術から明らかな事である。

したがって、従来技術について、さらにもう一つのミシン目を付加して2列のミシン目とするについて、両要求を適えるべく、両ミシン目間の間隔を引き裂き除去に必要な限度に止めて、その間隔を折り返し部分14の幅よりも狭くすること、すなわち上記相違点(ロ)は当業者が格別の創意・工夫を要することなく、必要に応じて適宜採用できた範囲内のことであるということができる。

また、引用例には封筒の裏側に摘み用の舌片部10を突設し、折り返し部を除去した時、これがダンボール箱の外側面から突出するようにすることが記載されているが、これは、貼着部の接着層を除く残余の部分、すなわち折り返し部分14の幅を必要な限度に止め、貼着部の幅を可及的に小さくするときに生じる問題の解決、すなわち封筒の袋を引き出すための手掛かりがなくなるという問題を解決するための工夫であり、この舌片部は従来技術においてミシン目に沿って接着部分を切り離したときに、封筒に残存する折り返し部分14に代わるものであることは、その記載の全趣旨から読み取られる事である。したがって、上記の工夫を講じないとすれば、貼着部の一部が封筒に残存する外はなく、そのためには、その折り返し部分14の幅を大きくするなど、折り返し部分における2列のミシン目の配置について配慮する必要があることは当業者が引用例の記載の全趣旨から十分に推量できる事であると言う事もできる。

また、一般的に、2列のミシン目によって引き裂き除去される幅を規定するについて、両ミシン目間の間隔が広すぎると引き裂きに支障を生じるから、両ミシン目間の間隔には自ずと最適な間隔が選択されるべきことは設計上当然のことである(例えば、実開昭59-78237号マイクロフィルム参照)。したがって、従来技術を適用する具体的封筒について、その貼着部が十分大きく、その結果その幅が2列のミシン目による引き裂き除去幅の最適値(両ミシン目間の間隔の最適値)よりも十分大きいときは、付加されるもう一つのミシン目が封筒の開口縁から離れた位置に設けられる事になるのは、構造上当然のことである(例えば、実開昭59-78237号マイクロフィルム参照)。したがって、上記相違点(ロ)は、引用例に記載されたものについて2列のミシン目を設けるについて、封筒の大きさ、貼着部の大きさよっては、構造上当然に選択される形態の範囲内の事項であるという事もできる。

それゆえ、上記相違点(ロ)は引用例に記載された技術的事項を基にして、上記周知事項を参酌することにより、具体的設計において当業者が極めて容易に採用する事ができたところであるということができる。

以上の通りであるから、結局本件考案は従来技術と引用例に記載された技術的事項に基づいて、上記周知事項を参酌することにより、本件出願の出願前に当業者が極めて容易に考案する事ができたものであると言う外はない。

それゆえ、実用新案法第3条第2項の規定により、本件考案について実用新案登録を受けることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年4月5日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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